大分県立歴史博物館「南無阿弥陀仏」

県内寺院の浄土信仰関係約50件、企画展示室両方使用。

会場の前口上あいさつ文パネルでは法然没後800年だし浄土信仰系の資料を紹介てなカンジで。阿弥陀信仰、祖師信仰、浄土宗・浄土真宗の活動、絵伝類、ムラの信仰などいろいろ。大半絵画資料。龍谷Mの絵解き展見たあとなのでなんか勉強になりました。ある一地方での様相というか。(とか言うほど理解できてない三歩歩くと忘れるトリの脳ミソ)




展示の構成&資料メモ

■「阿弥陀仏をいのる」
礼拝対象の阿弥陀仏。彫刻(14c後半?オーソドックス3尺前傾来迎、手先足先欠損も定型なカンジのミヤコ的美仏)、絵画軸(明治のものだが南宋ふうの再現調、東京美術学校の教授を務めた巨勢金起筆)、六字名号軸(後陽成筆、祐天筆、蓮如筆「虎斑の名号」、デザインおもしろい木版舟形名号とか)

■「紅蓮の炎がうずまく所」
浄土信仰の根源・地獄観?現在でもお盆に使われてる江戸時代の十界図や聖衆来迎寺写しの六道図15幅(江戸の模本のそのまた写しか感じがよく似てる、達者な出来だが幅ごとに微妙にクセの違うとこがあって何人かの筆かと。オリジナル全幅見るのは結構難しいので(虫干し年一回・・)こういうのが参考になる(えらそう))。

■「西方への夢」
往生観。智光曼荼羅や来迎図系仏画。出陳表には當麻曼荼羅もあったが見学時には展示されてなかった。16c?の智光曼荼羅、定型の黄金ナナメ来迎図は正統的・細密。18cの山越阿弥陀、見た感じ狩野派の流れの人の仕事っぽいが、ベースの構図や金ベタはそのままでもなぜか卑近な感じに。阿弥陀の顔相か線の違いか、描き手の系列が切れてる感じ。

■「祖師へのおもい」
祖師像各種とその周辺。礼拝物や記録、筆跡。本願寺関連のものは政治臭が強く感じられる。
600年遠忌記念制作っぽい法然像、どこかの僧が携行してたと思われる一枚起請文と中将姫法語の写し、本願寺下付の規格品と思われる親鸞像クリソツなの2枚、元亀三年。瀬戸内沿岸西部で年代確定できる最古のもの。戦国末頃の豊前豊後の本願寺にとっての重要性。伝実如・正信念仏偈、和讃切(伝では親鸞筆だが南北朝ころ)、切り分けは寺の絆。木造恵心尼坐像、室町?彩色跡なし、近世的さっくり感。
真宗なので七高僧像(元和九年)・聖徳太子像(元和二年)ともに同じ寺の所蔵、絵所の作だろうが彩色が美しい。真宗の絵画は年代明記、近世絵画史の指標。
15cの金色十字名号、教如の花押(佐伯初代毛利高政の依頼)のある3幅対の十字名号軸。
方便法身像、このへんになると寸法も今と似たようなもので「ああ仏壇だ」とか思うが16cの作。2幅あったが一方の裏には証如の署名と花押。慶安五年の教如像、これも下付品。
地元のモノとしてどっかの武将としか思えない行橋浄慶寺三代・良慶像、帆足杏雨リスペクト(?)な住職による達筆な南画風の佐伯善教寺・親鸞大遠忌図巻(明治45)。
あとこれは次の章とテーマかぶってると思うが、この地域で活動していた談義僧天然使用の講演ネタ本というか布教用台本、「釈尊出家発心事」「恵心僧都事」。読み聞かせ祖師伝。談義僧と本願寺って非正規雇用的アレなのだろうか。

■「言葉と絵の力」
合唱パワーと漫画パワー(違)。
和讃、念仏偈、江戸の木版本、明治の筆写本。
絵伝各種おもろい。漫画の国の人だもの~(違)
・前出法然画像とセットと思しき19c法然上人絵伝12幅のうち3幅、西山浄土宗に見られるパターン(あんまりない)、デリケートな線の美しい絵柄。
・親鸞聖人絵伝、延宝六年、4幅セット。絵所の作だろうがコレもやまと絵系繊細。本願寺の系統は絵伝の下付が寺の完成。
・蓮如上人絵伝、18c5幅セット。これは上から下へ進行する構成で地元絵師の作画か。絵柄も狩野派がキモチ劇画になったような近代画っぽさ。淡彩気味。1幅4段、一段ひとコマワンシーンで描写もコミック風w、絵所の規格品とは大きく違うオリジナリティ
・蓮如上人絵伝、19c、2幅。正規のものに準じる感じだが部分部分に未熟な感じ、キッチュ(?)な絵柄、ハデな彩色で民間絵師ぽい。見よう見まね感。
・聖徳太子絵伝、享保十一年、4幅。記年あるし絵柄も正統式、絵所作か。県内では他に例なしとのこと、ストーリーは「聖徳太子伝暦」。

■「ムラの念仏」
村のお堂や家も信仰の場。現代に至る着地。
蓮形鉦鈷(祐天→佐伯城主毛利高慶→潮谷寺)、大念仏使用(百万遍)の大数珠(昭和10年、国東市)、門徒の自宅にあった小型の室町時代の方便法身像、誰のか不明の花押のある江戸時代の九字名号。
 
佐伯市大入島の百万遍の写真パネル、豊後大野市磨崖六字名号(宝暦四年)のタペストリとかで今に残る信仰→フィニッシュ。


全体を見返すとオーソドックスな浄土信仰美術案内マップを大分県に適用した感じの構成。
大半が中世末(つうか戦国末期?←本願寺)以降近世の資料だがこの辺の地域での戦国末の本願寺勢力の旺盛な感じとか、絵伝色々とかが特色でしょうか。
古めの資料が少ないのはこの辺りが結構ちゃんちゃんばらばらでブッソーというか出入りの多い地域だったせいなのも大きいかもしれない。どうなんでしょ。まだ調べる余地とか残ってるんだろうか。
資料の出所は宇佐市、豊後高田市、中津市、国東市、大分市、臼杵市、佐伯市、日田市など県内各所と福岡県行橋市、京都市など近辺の各寺院。
当たり前だが大分イコール即六郷満山オンリーとかでわない。


個人的にオモシロかったのが杵築の良慶の肖像。フツーの掛幅に比べるとやたらデカくギョロ目にへの字口、胸毛腕毛はボーボーで(足は足袋はいてるのでわからんが多分脛毛もボーボーだ)ツラ構えだけ見るとどっかの武将にしか見えないw。これは人を何人か殺してるだろうという。本願寺VS信長の争いに参加してた人だというのでアレではあるが、まあ戦国末期の宗教勢力とゆうのが「ああこんなカンジか」みたいな。実感というか端的な証明つうかなんつうか




図録はないがそれに準ずる内容の館報を展示室で無料配布。(図版は全点掲載ではない)
基本的に情報のアウトプットが少ない館なので来た人勝ち(?)というか、周辺住民の皆様のみ対象といった印象が強い(個人の印象)。特別展以外はチラシもめったに見かけないし。公立館としては自分とこの自治体のための施設という方向性みたいのもあるのかな。

お客さんの数はそこそこで、展示の規模のわりにむしろ秋の大津歴博阿弥陀展和歌山県博高野山麓展より出入りがあった(曜日の差もあるのでたまたまかもだが)けども、ここはさすがに宇佐神宮のついで見学の人がいるので企画展示の内容にかかわらず一定数の入館があるのかもしれない(個人の想像)



企画展 南無阿弥陀仏 浄土と祖師へのおもい
大分県立歴史博物館 2012年12月7日~2013年1月14日

あと常設の古墳ルーム(?)にて京博所蔵になってる赤塚古墳の三角縁神獣鏡五面の里帰り展示。関連の所蔵品&パネルなどでさっくり古墳の移り変わりミニ企画展状態。(※こっちは今月27日までで終了。)

コメント


トラックバック

↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。