泉屋博古館「仏の美術」

 目録60点、ガンダーラからニッポン鎌倉あたりまで+α。

 チラシの写真のよーなニッポン美仏もあるが、前半の樋口隆康先生フィールド的な「大陸でのなりたちと変遷」的な部分のほうがココの館ぽいというか比重大きいかもしんない

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 「ガンダーラの石彫」「中国・朝鮮の金銅仏」「仏舎利の荘厳」「阿弥陀信仰の形」「天部と明王」「太子信仰のかたち」「僧侶の道具」各章数点ずつ。

 ガンダーラのレリーフは樋口先生のとイアパ隊の京大人文科学研究所にはいってるのとか。仏伝、塔供養の絵からガンダーラ顔の通肩定印禅定仏像へ。
 
 金銅仏は大陸での流れ。5cの如来像。規格デザイン的な数体は微妙な体型差の他に磨耗具合の差は念持仏としての撫でくりまわしっぷりの差か。ガンダーラ顔を引きずってるヒゲ如来。グプタ系ぴっちり感の雲崗初期形。挙手しない誕生仏、奈良博にいる人だがここに出てるのは寄贈元だったりするんだろうかはてさて
 隋唐からは菩薩ばっかり、量感とかリアリズムへ。瓔珞とか冠リボンとかフォルムがだんだん半島経由飛鳥行きというか見慣れた感じに。
 半島のは統一新羅の如来のみ2点、唐風のシッポと土着化気配。  
 こまわんこの変遷もプラス、北魏のグリフォンたんやライオンさんが(お手)が唐代お獅子へ。
 大理のが1点あったがクメールとかパーラ朝、フツーに南方系の逆三上半身。下半身の衣文や正面からの平坦感が薬師寺東院観音サンとか連想(個人の感想)

 アジア各地の舎利容器、本来は像より舎利、塔を礼拝するのが本筋だったワケだが。舎利礼拝グッズが一番地域差というか文化の差が出てる気がしないでもない。わからんけど。
 紀元前後(カロシュティー文字「32年」アゼス紀元?「アヴァチャ王家宮女」)ガンダーラ?の舎利容器が展示の中で最古。クチャの彩絵舎利容器有名なやつ、キジルのロシア正教風バラモンもといドローナ像(両方レプリカ)龍谷大より。
 唐の舎利棺舎利槨、石槨と同じく台形丸屋根、遊牧民族系の影響ある彫刻、飛天や力士とか。高麗の三重塔型舎利器(初層天部、二層如来、三層千手観音・・・)統一新羅~高麗の小塔信仰。室町の舎利厨子は水晶五輪塔・火炎宝珠・不動&毘沙門ぴかぴか彩色扉。ベクトル違う

 後半日本の木彫中心。一部高麗仏画(世間話中に見える阿弥陀三尊。美麗。)とか14cの紅玻璃阿弥陀図とか、ツレが馬子?のみの憤怒神入ってる感ありの聖徳太子勝鬘経講讃図とか変則玉もあるけどワリとオーソドックスなものが多い。お約束の鎌倉南無太子、定朝式の半丈六(京博)とか腕パンパン顔のパーツ中央より・ムッチリ穏和上品系12c不動(京博)とか。12cのこれも穏和むっちりタイプの毘沙門は初出。
 13cの毘沙門は青蓮院旧蔵?胎内納入の手描き墨絵毘沙門つき。上手いというんではないが慣れた筆で毘沙門がいっぱい日課毘沙門というか写経の代わりか。武士の念持仏とかでしょうか必勝祈願とか。
 ◎の等身阿弥陀坐像・大治五年、院政ぽくない。胴や手が朴訥、口元が唐風絵柄のシッポ、なんか神像のような衣文。
 
 最後のコーナーは明清のスーパー工芸。象牙の払子とか琥珀や香木の数珠とか。贅沢素材に超こま細工。身分の高い坊さんはどこも同じかのう
 
 単独ケースで
 ◎北魏太和二十二年弥勒仏立像・偏肩(右肩)南方系逆三、仁王立ち、光背五仏、デッサン変だが量感。胡服の人物、トリさん、民画的。 
 ●線刻仏諸尊鏡像12c。如来三尊(不明)+文殊普賢+不動with二童子&毘沙門。ビカビカ美麗
 14c高麗、銀象嵌水瓶。柳に釣り人、鶴、大湖石、竹林、雲気文と蓮華文。普通に仏具WITH道教的世界観。美麗
 

 他にもまだあると思うんだがここの企画室の面積だと量的にはこんな感じだろーか。京博、奈良博から数点来てるのは里帰りとか?先年のパラミタの大安寺と観音様展に出ていたのも数点。

 チラシのかっちょいい毘沙門サンに釣られて行ったらむしろ前半の「仏像への道」的な分がおもしろかったり復習になったり

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仏の美術 ガンダーラから日本まで 
泉屋博古館 9月7日~10月20日
図録なし



本館のほう、九博製のスキャン写真とレプリカ増えてた。展示はあいかわらずすごい

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