春日大社宝物殿「春日舞楽の名宝」

 面、楽器、装束など40点強。
 春日大社の舞楽関係は江戸時代まで南都楽所と興福寺唐院にあったモノ

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 舞楽面、区分が平安時代になってるのは興福寺平安末の焼失後の復興時のもの、全部は出てないが散手、納曽利、崑崙八仙、新鳥蘇、地久が展示(どれも◎重文指定)。
 散手は寿永三年、定慶による元興寺の古面模作の銘、そのまま南円堂の四天王にしたいような(違)。新鳥蘇には佛師印勝・興福寺・元暦二年乙巳二月日の銘、地久と崑崙八仙も元暦二年の銘あり同じ印勝作ぽい。
 デフォルメと非現実性とリアリティが普通に共存しててかつ基本の骨格とデッサンが美しくやっぱしこの時期の造形水準はオソロシイ
 
 江戸時代の(採桑老、二ノ舞、還城楽、貴徳など出てる)になると単調な線、写しの写しみたいな肉付けやデッサンになってるのが多くて全体に形式化くさい。能面の形式化とかと同じ感じ、採桑老◎とかほとんど能面だとか思うが(皺や眼窩の線の形式的さすごい)面裏に「天下一越前」烙印うえええ。蓋裏に寛文九年後水尾天皇寄進の墨書。二ノ舞笑面にも同じく「天下一越前」これは寛文九年明正天皇の箱書き

 それに較べ室町時代になってるのはまだ平安鎌倉の延長線上的な。貴徳鯉口(天文六年銘◎室町)とか伎楽面とか。伎楽は平安頃には衰退してて奈良に残ってる面も大体古いのだがここのは中世ので珍しい。東大寺と興福寺で仏生会(!)でやってた。ヘン顔だが骨格と肉付きが美しくて鎌倉リアルのシッポて感。制作が同系統で持続してたんだろうか



 楽器はおおむね近世のものだがカンバンの国宝平安和琴なんかもある。漆、蒔絵のデザインがナイスでアル。ミュージシャン

 小部屋のほうに胡徳楽のストーリー解説とか。伎楽がギャグとかシモネタとか言ってもこれもたいがい酔っ払いネタで冷静に考えるとこんなネタの奉納でいいのかとか思いそうになるが、カミサマのご機嫌とるのには別にギャグでいいのかと。田楽なんかもあれで豊作祈願だし
 一緒に雑面(蔵面)が並んでるがつくづくフシギな造形。ベースは人の顔でどっちかってとエキストラ仕様なのかと思うがにしてもなんだか疫神みたいなイメージ。わしだけだろうか 

 楽所補任◎、慶長十六年春日楽人知行之儀申状、サラリーマン(違)楽人もカスミを食って生きてるワケではナイ
 あと少し玉手氏コーナー。ドラム、パーカッション(違)打楽器担当で地位が一番低い(すいません)、日頃の仕事は雑務系。寄進の太鼓類や釣燈籠が出てるが収入も楽じゃなかったんではと思われるのに結構謎。荷太鼓の胴の内側に江戸後期に修理したときの墨書、南無春日大権現から始まって南無仏尊いろいろ(竜王とか音楽関係天部)、最後が南無秋葉山大権現・愛宕山大権現で当然だが普通に神仏習合。

 しかし今さらだが面の基本造形とか全体に素人でもわかる半島ぽさ(大陸のはかなり滅んでるのでイマイチわからない。京劇は新しすぎだし系列が違う。太平楽の衣装や兜は大陸系デザインだが)「狛笛」とかだし。
 楽人は狛氏に大神氏だしと超きなくさい(いや別にきなくさくない)


春日舞楽の名宝 舞楽面・舞楽装束・雅楽器
春日大社宝物殿 7月18日~10月14日
図録なし


 参道の人口に比べていつもすいてるよなもったいねー
 毎回テーマ展示なのに

 龍谷ミュージアムの練り供養の展示の後日見学したんだが奉納する演劇と迎講のよーなイメトレ・リハーサル・参加型の演劇の差もおもしろ難しい

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